「録ろう、配信しよう、つながろう」のテーマの元にプロフェッショナルなクリエイターやエンジニアの方々にご協力頂き、彼らが今実際に行なっているワークフローやテクニックをご紹介頂く新企画が登場です。
ご本人の執筆によるリアルなワークフローの数々は、皆様が自宅やそれぞれの環境で生かせる実践的なノウハウとして参考になるでしょう。スタンダードなものから、配信、リモートレコーディングなど現在多くの方が興味を抱き、そして必要としているトピックを幅広く取り上げ紹介していきます。
こんな時期だからこそ新しい領域に踏み出したり、また基礎的な部分を固めたり。是非ピンチをチャンスに変えていきましょう!
第一回目はMix / Recording Engineerの米津裕二郎さんによる「Audiomoversを使ったリモートレコーディングの方法」です。
それでは、どうぞ。
こんにちは、レコーディングエンジニアの米津です。
コロナウィルスによる影響で、ミュージシャン、エンジニア、ディレクターが一同に会してレコーディングをすることが難しくなっています。
これを機に2020年代、よりフレキシブルに良い音楽を作っていける環境作りを整えるべきではないか?と思い、リモートレコーディングに関しての研究をしております。
今回は一つのパターンとして、A地点のレコーディングスタジオにエンジニアがいて、B地点の自宅に歌手がいる、という場合のリモートレコーディングを想定しました。
リモートレコーディングに必要なものは?
今回のリモートレコーディングに必要なものは
Audiomovers
だけです。あとはAB両側に一般的な宅録環境があれば実現できます。
今回両者ともPro Toolsですが、ある程度のDAWであればどれでも同じことができるでしょう。
Audiomoversの特徴として、
LR間でのズレは発生しない(ほぼ?)
以降のバスではズレることはままある
という点が実験によってわかってます。
この点をクリアした方法を作りました。
A側(レコーディングスタジオのエンジニア)の準備
A側のセッションです。
このようにオケデータが並んでいて、これをまとめて送出するトラックを作ります。
そのトラックに送出用にAudiomovers Listentoをインサートします。
このフェーダーは聞く必要がないので、ミュートします。
A側でのトークバックも用意しましょう。
ここにもListen toを挿して、さきほどのto Bトラックとは別に送ります。
一般的なスタジオであればトークバックスイッチがありますので、それを活用して、トークバック回線のみが上記のトラックにinputするようにすればいいでしょう。
さてこれでA側からはオケのミックス(L+R)とトークバック(mono)の合計3chが送出されています。
B側(ボーカリスト)の準備 その1
B側のセッションに移ります。
B側はこの状態にしましょう。
“VO to A”(α回線)と ”INST to A”(β回線)は、Aへ送出するトラックです。
“Mic”
このトラックはマイクの回線を立ち上げます。
当然ですがレベルオーバーしないようBが調整する必要があります。
”VO to A”のLへsend
1−2へOut(B本人モニター用)
“from A INST”
トラックにはListento Receiverをインサートし、Aのオケミックスを受信します。
”VO to A”のRへsend
”INST to A”へsend
1−2へOut(B本人モニター用)
“from A TB”
このトラックにはListento Receiverをインサートし、Aのトークバックを受信します。
1−2へOut(B本人モニター用)
“Shot”
このトラックにはワンショットのクリック音を入れておきます。
αβ間のズレを測定するために用意します。
”VO to A”へsend
”INST to A”へsend
といった内容です。
これでB側は完成です、歌唱時のリバーブなど、適宜B側で調整してください。
さて、B側で重要なのは、単純に歌の回線だけAへ送るのではなく、
AからもらったInstをさらに送り返すという点です。
A地点(レコーディングスタジオのエンジニア側)の準備 その2
さてAに戻りましょう。
Aには新しく下のようなハイライトされた4トラックを作ります。
“Receive α”
にはAからのα回線を受信
“Receive β”
にはAからのβ回線を受信
それらをおのおのオーディオトラックに録音できるようにルーティングしています。さてこれで準備は完了ですので、歌を録りましょう。
と、その前に!
Aで録音をかけて、Bに用意した”Shot”を鳴らしてもらってください。
ズレてますね。これ調子がいいとズレないんですけどズレてしまうことが多いです。Audiomovers側のラグによる問題です。
このズレを波形で見て合わせて、必要な側に必要なだけのディレイをかけましょう。
そして再度Shotを確認します。
揃いました。
さて、ここまで整ったらあとは簡単です。A側はいつものように録音を進めます。
録音
重要なポイントはA側でモニターするインストはBから戻されたものということです。
それとこのままだと”Vo”のRからもインストが鳴ってしまうので、“Vo”トラックにはTrimをマルチモノでインサートしてRをmuteしておきます。
録音する際は”Vo”と”Inst”トラックを同時に!テイクでプレイリストをめくる時も同時です。
こういった状況で録られていきます。
この際、録音中に何かのタイミングで、このようにVoのRとInstの波形がズレてしまう場合があります。
そうなってしまった時には既にAのモニターは歌とオケがずれて聞こえているので違和感で気づくはずです。
止めて、再度Bにショットを鳴らしてもらい、ディレイを入力し直しましょう。
注:ただし、B側のモニターには問題は起きていません。もしも良いテイクそうであれば急いで止める必要はありません。
あまりに頻繁にこの「ラグの変化」が起きてしまう場合はListentoのLatencyとQualityを調整してください。
録音したテイクをBへプレイバックすることもあるでしょう。その場合は”to B”回線に乗るトラックを作り、そこで鳴らします。
R chにあるインストの波形を見てズレを合わせてください。
こうして録音を進めていけば完成です。
A側ではすべてのテイクのデータを波形を見てズレを修正します。
それができてしまえば、テイクを重ねた”Inst”トラックは必要ないので捨てましょう。
“Vo”のR chもいらないのでL側だけ別のchに移せば良いでしょう。
これで出来上がりです。
さて、プロのレコーディングにおいて最も気にかけなくてはいけない点は
「齟齬を生まないこと」
だと思います。
・弱く歌ったのに、聞き手には強く聞こえている
・もたって歌っているのに聞き手には走って聞こえている
・とても良いテイクなのに聞き手には良くないように聞こえている。
これらの現象は、ディレクションの失敗を生みますし、良いテイクを遠ざけます。ひいてはそれによりプレイヤーの技量が誤認されてしまうことで、プレイヤーの仕事を奪ってしまうかもしれません。
ですので、プレイヤーとディレクターをつなぐエンジニアは、齟齬が起き得ないセッティングをすることが義務と考えます。
「あれー、なんかズレてるかな?」
「ちょっとさっきと変わったかも!」
というのは許されないわけですね。
その点をクリアするために複雑なルーティングになってしまいました。
ですがこの手法、一見複雑に見えますが、作業が始まると案外スムーズです。
B側はセットできれば何もする必要がなく、歌唱、演奏に集中できます。マイクのレベルに気をつければいいだけ。
Bで使うセッションはAにいるエンジニアが事前に作って送ってあげればいいでしょう。
A側も録音中にこまごまとしたことは必要なく、普段の感覚で録り進めれば問題ありません。録り終わった後に編集の手間が少し増えますが、さほど問題ではない難易度です。
各社提供しているリモートレコーディングツールありますが、どれもそのリモートアプリとの切替が頻繁に必要になることが多く、録音中のスピーディーなオペレートができないことが多いです。その点この方法はPro toolsだけ触ってればいいので楽です。
さて私は実際の現場で、この方法を使用し48kHz32bitで歌を何度かレコーディングしました。
最初にZoomをつないで、B側の画面を共有して画面操作もしてしまうと非常にスムーズに録音開始できます。
録音開始したら必要なければ、A側のカメラはオフにしたほうが回線状況にはベターでしょう。歌を重ねる際などには相応の手間がかかるのと、ネット環境によっては、ラグの変化が多すぎて如何ともし難い状況になりえます。事前の確認、無理そうであればB側にオケミックスを渡して、そちらでダビングを進めてもらい、そのモニターのみをAに返してもらう、などの臨機応変な対応が必要です。
現状ではα回線とβ回線のズレをケアする今のセッティングが現実的な限界ですが、Audiomoversがヴァージョンアップして3ch以上の通信の確度が上がれば、歌のような1chだけでなく、マルチでの録音もすることができるようになるでしょう。
Audiomoversについてはこちら
https://audiomovers.com/