「録ろう、配信しよう、つながろう」のテーマの元にプロフェッショナルなクリエイターやエンジニアの方々にご協力頂き、彼らが今実際に行なっているワークフローやテクニックをご紹介頂く企画。ご本人の執筆によるリアルなワークフローの数々は、皆様が自宅やそれぞれの環境で生かせる実践的なノウハウとして参考になるでしょう。スタンダードなものから、配信、リモートレコーディングなど現在多くの方が興味を抱き、そして必要としているトピックを幅広く取り上げ紹介していきます。
第三回目はレコーディング・エンジニア 杉山 勇司さんによる「Audiomoversを使ったミックスチェックフロー」です。
レコーディング・エンジニア
1964年生まれ、大阪出身。1988年、コンサートの音作りをするSRエンジニアからキャリアをスタート。くじら、原マスミ、近田春夫&ビブラストーン、東京スカパラダイスオーケストラなどを担当。その後レコーディング・エンジニア、サウンド・プロデューサーとして多数のアーティストを手がける。主な担当アーティストは、ソフト・バレエ、ナーヴ・カッツェ、東京スカパラダイスオーケストラ、Schaft、Pizzicato Five、藤原ヒロシ、UA、X JAPAN、L’Arc~en~Ciel、LUNA SEA、Jungle Smile、広瀬香美、Core of Soul、cloudchair、Cube Juice、櫻井敦司、dropz、睡蓮、堀江由衣、寺島拓篤、清竜人、花澤香菜、YOSHIKI、河村隆一など。また、書籍『レコーディング/ミキシングの全知識』 ( リットーミュージック)を執筆。2017年には同書の中国語簡体字翻訳版(湖南文艺出版社刊)、2020年に繁体字版が出版された。
ストリーミング黎明期の取り組み
「音源をクライアントにストリーミング経由で聞いてもらう」という取り組みは、実はかれこれ10年くらい前から始めていました。ボーカルレコーディングを海外にいるクラアントがディレクションをする必要があり、当時唯一の存在(だったと言っていい)Source Elements社のSource-Connectを使うことにしました。しかし簡単には実現できず、つまずくことが多かったんです。使用するためにはルーターのポートをSource-Connectのために開けるのですが、当時は今の状況と違いセキュリティに関して細かく手動で設定する必要がありました。一旦厳しく設定されたセキュリティーに、Source-Connectのためだけにセキュリティポートを開けることは結構大変な作業で、スタジオにふらりと行き「使いたいんですが……」と言っても簡単にできないのが実状でした。常任するネットワーク管理者がいる大きめのスタジオでさえも、前回と同じ設定にしたにも関わらずなぜだかできない……。そういうことが多々ありました。そんなことも含め、色々な試行錯誤をこの10年で体験してきたという感じです。
またミックスに関しては、エンジニアが自宅で作業してミックスチェックファイルをクライアントに送って確認してもらう、というスタイルがここ5~6年ですっかり定着しています。ある意味テレワーク的な作業スタイルですね。それでもクライアントがその場でいろいろトライしたいことがある場合は、2MIXファイルのやりとりでは余計に時間がかかってしまうようなこともあるので、スタジオに集まってミックス確認する必要があります。その際、僕はプラグインだけでなくアウトボードも使ってミックスを行うスタイルなので、DAW以外にもアウトボードを毎回スタジオに持ち込む必要があり、小規模な引越しぐらいに大変な時もあって「なんとかなればいいな……」と思っていました。つまり、信頼できる音質でストリーミングできて、それをチェックしてもらえる環境になれば、よりテレワークでミックス作業を進められるようになるのです。
Audiomoversとの出会い
去年、中国でレコーディングしているボーカルをロサンゼルスからディレクションしたいという案件の打診があり、改めて色々リサーチし、Audiomoversの存在を知ったんです。特にセッティングに関して以前より敷居がずいぶん下がった印象があったので、とりあえず「試してみよう」と思い、Audiomoversの1年のサブスクリプションに加入しました。使ってみたところ、送出~受信間のタイムラグも気にならないレベルでやり取りできそうで、便利に使えそうだと考えていました。加えてこのコロナウィルスの状況になり事情が一変。周りでも多くの人が使い出したんです。
これまでのストリーミングでは帯域幅の制限でMP3での送出だったので、ミックスチェックにおいては音質の違いが判断に影響を与えることがあり、積極的に使っていませんでした。Audiomovers Listentoでは送出にPCMを選ぶことで音質の違いを最小限に出来るため、試しに実際の仕事で使ってみたところクライアントから音質面でも「全然OKですね」というリアクションをもらい、Audiomoversを使ったミックスのワークフローに関しては、「使える」という評価をしています。
Audiomovers
https://audiomovers.com/
ワークフロー実例
杉山勇司 氏 : 事前に送ってもらった2ミックスファイルをProToolsのセッションにインポートし、マスタリングを行いましたので、リモートで聞いてもらいましょう。では、今からURLを送るのでクリックしてみてください。
Rock oN : はい、わかりました。では、杉山さんから送っていただいたURLリンクを、ブラウザでアクセスしますね。
杉山勇司 氏 : 音は全然とぎれなかったでしょう?
Rock oN : そうですね! 何の問題もありませんでした。ところで、今回はどういった処理をされたんですか?
杉山勇司 氏 : 事前に送ってもらった2mixファイルを、一旦、88.2KHzにアップコンバートしてProToolsセッションを作り、アウトボードやプラグインを使って音作りをしています。
Rock oN : リモートでも音作りの違いがはっきりわかりますね。音作り後では、レンジが広がりぐっとクリアなサウンドになって、その違いがこちらでも判断できます。Audiomoversはミックスチェックの作業において、支障は全くないようですね。
Audiomovers運用上での問題点は?
杉山勇司 氏 : 音質面に関して問題ないですよね。ただ、今のこのやり取りにおいてもそうですが、問題になるのはエンジニア~クライアント間で交わされる会話音声の扱いなんです。僕の方には、そっちからの声に加え再生音も届くので、自分側で再生している音に少し遅れて重なるわけです。
Rock oN : あぁ、確かに! 逆もしかりで、こっちには杉山さんの声に加えて、杉山さん側のProToolsの再生音も届くので、こちらのAudiomovers経由の音に少しずれて重なり、少し気持ち悪い感じになってしまいますね。( Rock oNスタッフ側では、Audiomovers再生と、コミュニケーションとして用いたGoogle Meetを1台のMacbook Airで使用したため)
杉山勇司 氏 : まあ、この問題はテレワークが進む上で、今後技術的に解決していけばいいなと思っています。慣れてくれば「今から再生するのでマイクをオフにしますね!」と一声かけてから再生を開始する等、運営上の約束をお互いで共有しておけば回避される問題でもあります。例えばAvid ControlなどのアプリにトークバックシステムがついてAudiomoversと自動でリンクされればいいな、といった要望を話したりしています。実現するとかなり便利になると思ってます。つまり、ミックスを聴くパソコンと会話のためのマシンを分けるということです。全てを一台で完結させるのはとても便利ですが、ミックス確認の場面で、別のアプリが動いていて欲しくないということなんです。現時点でその問題をどう回避しているかというと、会話のためのiPad ProとProToolsのパソコンとAudiomovers送出用のパソコンを分けています。別途持っていたMacBook ProにオーディオインターフェースのPresonus Studio 68cを接続し、そこにAVID HD I/Oからの2chアナログ音声を入力しています。MacBook ProにはStudio OneをインストールしAudiomoversを立ち上げ、HD I/Oからの音声信号をリモート送出してるんです。そうすればストリーミングのためにバスやアプリを工夫する前準備が必要なく、ミックスが出来上がってからでも送出が可能ということなんです。
杉山勇司 氏 : Studio 68cを選んだ理由は入力スペックです。ヘッドマージンが+22dBuまであるので、HD I/Oの最大出力20dBuに対して2dBuの余裕があり歪みを回避できます。0.1dBの単位でレベルを厳密に揃えられることが条件だったので、正確なレベル調整をクリアした環境を構築できています。唯一やることはI/O設定で、HD I/Oの出力バスA1-2(マスターアウト)にStudio 68cに送るポートをマッピングするだけです。(出力バスB13-14をマッピングして使用) 。この方法だと、ProToolsのセッションファイルに送出用のバスを作る必要はありません。
また、ミックス用のマシンと送出用のマシンを分けるということは、Audiomovers Listentoプラグインがセッションのサンプルレートに左右されないということで、ネットワークの速度に合わせて送り出しのフォーマットも選べるということです。今回は32bit float/88.2kHzのProToolsセッションの音声を24bit48KHzで送出しています。ギガビットのネットではこれが現実的なフォーマットだと思います。10Gのネットワークで実験したところ、Presonus Studio 68cへSPDIFでデジタル入力した24bit88.2KHzでも途切れず再生できました。そうなると、レベルの管理や送出用のADの音質に気を使うことがより少なくて済みます。今後10Gがさらに普及することを期待しています。
Rock oN : 再生側はiPhoneやiPadが接続できるオーディオインターフェースやDACを持っていれば、パソコンじゃなくてもいいわけですよね。
杉山勇司 氏 : そうですね。オーディオインターフェースをiPadに繋げれば、外でも、割と本格的なレベルで音をチェックできます。僕の場合、ポータブルプレーヤーのAstel&Kern SP2000を持ってるんですが、iPadに接続してSP2000の高品位なDAで音をチェックできるので重宝しています。欲をいえば、SP2000内のアプリとしてAudiomovers Listentoアプリが移植されればiPadさえも必要なくなるのですが。
Rock oN : さらに音に厳密にこだわりたいなら、エンジニア~クライアント間で同じオーディオインターフェースなりDACを持っていればいいですよね。
杉山勇司 氏 : あと、運用上で解決したいのは曲の頭出しについてです。例えば、「歌の入りから聞かせてください」とリクエストされたら、ProTools上に打ってるマーカーを使って再生位置へ飛んで再生するわけですが、Audiomoversのクライアント画面にもエンジニアが設定したマーカーが表示されれば、お互いに共有情報として再生箇所を指定できるので、かなり便利になりそうですよね。
Rock oN : それは便利ですね。技術的にそう難しそうなことではないような気がします。実現すればいいですね。
マスター書き出し
杉山勇司 氏 : じゃあ、「お互いに確認が終わりOKが出た」ということにして、マスターの書き出しに移りましょう。書き出したマスターファイルをGoogleドライブやDropBoxといったクラウドドライブにコピーします。ツール内(ブラウザ内)で音源をプレイバックもできるので便利です。さらに、32bit float/88.2kHzのマスターファイルをダウンロードしてハイレートが再生できるDAやプレイヤーなどで最終確認もしてもらえます。もし、Googleドライブなどのクラウドドライブへのアップロードまでが、一連のワークフローとしてDAW内の機能に組み込まれれば、現在のテレワークスタイルにぴったりなんじゃないかと思います。
Rock oN : 今回、ノウハウを色々と教えていただいたわけですが、コロナを経てこれから先、ミックスチェックのワークフローはどうなると感じていますか?
杉山勇司 氏 : 世の中しばらくは予断を許さない状況ですが、テレワーク的なワークフローが一気に進んでいくのだろうと思います。今回紹介した「メインDAWとマシンを分けてAudiomoversを使う」というアイデアは過渡的なものかもしれませんが、クリエーターにとって、さらに便利な環境が登場すればいいなと思っています。一方で、「スタジオでミックスを確認できる日に戻って欲しい」という思いがあります。「スタジオレベルの最高に整ったモニター環境で聴きたい」という人も少なからずいるはずです。エンジニアとして「最高の環境で聞いて欲しい」という想いは常に持っています。ストリーミングを併用しながら、コンパクトでもいいからモニター環境がしっかりした部屋を準備してレンタルすれば多くの需要があるんじゃないかな。テレワークで出来ることに関しても、これから追求していこうと思っています。
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メーカーHP
Audiomovers
https://audiomovers.com/